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【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第1節 女の理不尽 [8]




 暑いな

 聡はベッドの上で身を捩る。開け放った窓から入る風は生暖かく、室内はじっとりと湿っぽい。
 腕を伸ばしてリモコンを取り、エアコンを入れた。だが、身を起こして窓を閉めようとは思わない。
 バテてるつもりは、ないんだがな。
 食欲もあるし、夜になればそれなりに眠れる。
 だが、眠りは浅い。
 夢に出てくる美鶴には、いつも手が届かない。手を伸ばして触れようとした瞬間、どうしても目が覚めてしまう。

 ダルいな

 終業式の日、駅舎を飛び出すようにして別れて以来、美鶴とは会っていない。
 別料金のかかる夏休みの補習には出てこないし、先日の夏期模試の時も、女どもが邪魔で会いに行くことが出来なかった。
 駅舎へ行ったが、いなかった。
 家へ電話をしても出ないし、留守電を入れても折り返してくることはない。マンションへ行っても、きっと会ってはくれないだろう。

 退屈だ……

 思えば唐渓へ転入して以来、ほとんど毎日美鶴と過ごしてきた。
 バスケ部に所属していた時だけ一時的(いちじてき)に会えないこともあったし、休日は会わないことが多かった。だが、それでもなんだかんだと言って、美鶴と一緒に過ごしてきたように思う。
 どうしてんのかな?
 会えない時間が、不安と空虚を生む。
 こうして自分がベッドの上で悶々としている間に美鶴が、例えば瑠駆真と会ってたりするのではないかと思うと、憤りが湧き上がる。
 だが、確かめようにも、当の美鶴へは連絡を取ることすらできない。
 必然的に、瑠駆真へ連絡をするハメになる。
 携帯の番号とメアドは聞き出してある。
「君とメル友になるつもりは、ないんだけどね」
 片眉をあげながらも、拒否せずメモを渡してくる恋敵。その不敵な態度に、焦りを感じる。
「抜け駆け防止さ」
 どうしても、敵意を出してしまう。
「防止になる? もし抜け駆けするなら、例え君から連絡があっても、真実は伝えないと思うよ」
「まぁな」
 だが、何も知らずに手を(こまね)いているよりかはマシだ。
 美鶴と連絡が取れなくて苛立つと、癪ではあるが、瑠駆真へ連絡をしてしまう。
【今 何してんだ?】
 その時、例え瑠駆真が美鶴と会っていたとしても、答えは同じだろう。
【別に】
 こちらからメールをしておきながら、その返事に焦りは増す。
 だが、唯一の救い。
 時折、いや結構頻繁に、瑠駆真の方からもメールが来る。
【今 何してる?】
 思えば、美鶴はまず瑠駆真に腹を立てていた。少々楽観過ぎる推測だとは思うが、自分が会えないのなら、瑠駆真はもっと会えない状況に追い込まれているのではないか?
 そもそも聡は、美鶴と喧嘩をしたワケでも何でもない。だから、美鶴との関係が疎遠になったワケでもない。
 だが、最後に見た、卑屈な美鶴の姿を思い出すたび、どうしても胸のうちにモヤモヤとしたものが湧き上がってくる。
 次に会った時にも、またあんな表情を見せられるのだろうか?
 再会した美鶴の傲慢不遜な態度を見せ付けられるのは、今回が初めてではない。ならばなぜ、あの時思わず、駅舎を飛び出してしまったのだろうか?
 聡の知っている昔の美鶴は、気は強かったがあれほど捻くれてはいなかった。
 気の強さが災いして、学校でモメ事を起こすこともあったが、相手に理不尽な言いがかりをつけるようなコトはしなかった。
「だってあの子、また里奈(りな)のコトいじめるんだもん」
 悪口を言われて美鶴の陰に隠れてしまう里奈の方が、聡は苦手だった。(しお)らしくて女らしいと男子には人気だったが、快活な美鶴の方が、聡は好きだった。
 美鶴はそういう人間だと、今でも信じたい。
 信じたいのに――――

 …………
 怖いのだろうか?

「ったくっ! やってらんねぇぜ」
 一人ごちながら寝返りを打つ。だが、一向に気持ちは晴れない。
 シャワーでも浴びて、頭冷やしてくっかな。
 大儀そうに身を起こし、エアコンを切って部屋を出た。
「…… はい、それはもう」
 ?
 聞こえてくるのは、隣の部屋から。義妹の部屋だ。







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